思った事を素直に書こう!今この時を生きる日々

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自分がじいちゃんになって、今もう一度俺のじいちゃんばあちゃんを振り返ってみる

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今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」

おはようございます。サイト管理者のふぇいやんです。彼岸も近いということでこんなお題なんだろうなって思った。

 

実際に自分がじいちゃんになってみて、自分のじいちゃんばあちゃんを思い出してみる。

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うちのじいちゃんは、ちびまる子ちゃんの友蔵じいちゃんのような感じだった。両親がゼネコンの子会社だったんで、自宅に居ず殆ど現場に住み込んでいたんだ。

 

だから俺はじいちゃん、ばあちゃん子だった。

 

よくある話で、参観日にはばあちゃんが来るのでやはり皆にバカにされた思い出がやっぱりあるんだな。

 

今思えばさ、何でもないことでも、当時としては超嫌な事だったな。

 

ある程度の年齢になっても、おばあちゃん子は三文安いってよく言われた。それは甘やかされて育てられるので、わがままし放題って事なのだろう。

 

幸いなことに、俺は中学の時から長期休みは自宅のバイトで工事現場で肉体労働をしていたので、根性だけは身についた。だから、今も肉体も精神も壊れることは殆ど無いと言っていい。

 

話を戻して、じいちゃんは俺が新婚旅行の間に亡くなったんだ。結婚式前から体調がイマイチだったが、結婚式に出た後に急変して心臓麻痺だった。

 

しかも、亡くなった日が俺の誕生日。何の因果か、誕生日と命日が一緒なので絶対に忘れることは無い。新婚旅行を早めて帰国した記憶が有る。

 

一方ばあちゃんは、同じく歳を取って来たせいで転びやすくなっていた。当時は海外出張が多くて、やはり転んだ拍子に肋骨を骨折し入院してしまった。

 

出張に行く前にお見舞いに行くと、最後に会えて本当に良かったよと笑顔で言っていた。何バカのこと言ってるんだ、早く怪我を直せよって言って、俺は出張に出かけた。

 

出張先にばあちゃんが亡くなったと言う連絡が来て、急遽帰国した。両方共俺が海外にいる時の出来事だった。

 

だから両方共に死に目に会えなかった。これが今でも一番心残りのことなんだ。

 

そんな俺も、月日が流れ仕事で忙しく得てしてじいちゃんばあちゃんのことを忘れることが多くなった。

 

そんな時、じいちゃんばあちゃんはたまには思い出せよってことだったのだろう。この記事で書いたようなことが起こったんだ。

 

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「生みの親より育ての親」そういう言葉があるが、やはりそれだけ育てられた人の愛情が注がれているのだと思う。

 

うちのばあちゃんはひ孫に会えて、楽しそうだった。俺が唯一恩返しできたのはこれだけだな。

 

彼岸には帰ってこれないかもしれない。今日は台風が来ているので、明日天気が回復したらちょっと早いが墓参りに行ってこよう。

 

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おしまい