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ぶらり独りウォーキング  旧東海道 神奈川宿 その1

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こんにちは、サイト管理者のふぇいやんです。恒例のぶらり独りウォーキングシリーズですが、今回は神奈川宿から保土ヶ谷宿の手前保土ヶ谷駅まで歩いてきました。

 

 

今回のスタートは、京浜急行仲木戸駅からになります。ここから第1京浜を目指します。

 

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Leica D-LUX Type109

 

第1京浜は大きな道ですので、特に目新しいものは無いのですが、脇道に沢山の神社仏閣などがあり、それらを見ながらの散歩になります。

 

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Leica D-LUX Type109

熊野神社熊野三山熊野本宮大社熊野速玉大社熊野那智大社)の祭神を勧請された神社のことである。熊野詣の盛行や有力者による荘園の寄進、熊野先達の活動により全国に熊野信仰がひろまったことにより、熊野三山の祭神を勧請した神社が全国に成立した。熊野三山の祭神たる熊野権現は、その主祭神である熊野三所権現だけでなく、十二所権現をも含んでいる。熊野三山の祭神を勧請するといった場合、三所権現のいずれかひとつの神ないし三神の全て、または十二所権現の全てないし若宮のみを勧請する場合や、九十九王子の中でも重要な五体王子を勧請するものもあり、それら全てを含めて熊野神社とした場合、その数は三千余に達するという[1]

有史以前からの自然信仰の聖地であった熊野(紀伊国牟婁郡)に成立した熊野三山は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての中世熊野詣における皇族貴族の参詣によって、信仰と制度の上での確立をみた[2]。しかしながら、中世熊野詣を担った平安京からの参詣者は、後鳥羽上皇をはじめとする平安京の皇族・貴族と上皇陣営に加勢した熊野別当家承久の乱において没落したことによって、の参詣は実質的に終焉し、貴族による参詣も13世紀過ぎまでのことであった[3]。かわって、承久の乱以後の鎌倉時代には新たな参詣者層として地方の武士が登場し[4]15世紀ごろには一般民衆が最盛期を迎えた[5]室町時代から戦国時代にかけて熊野山領の荘園からの収入が減退したことが熊野先達・御師の発達を促し[6]、熊野先達の活動が全国に及んだことで熊野信仰の伝播はいっそう促進された[7]

熊野神社 - Wikipedia

 

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熊野神社から再び第1京浜に戻り、横浜を目指します。

 

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神奈川公園の場所から第1京浜を外れ、青木町を歩いていきます。しばらく行くと、右手に洲崎大神が現れます。

 

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この洲崎大神は1191年(建久2年)に源頼朝安房神社を勧進して創建されたようです。

 

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ここもお寺と一緒になった、歴史的に有名な跡地のようですね。

 

 今回はここまで。

 

 

 

 

 

今日も読みに来ていただきありがとうございます。これに懲りず、また来てくださいね。