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歩く理由 その2! 世界が認めた下町の魅力の凄さって何だ?

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こんにちは、サイト管理者のふぇいやんです。前回は歩き始めた理由について書いて見ました。そもそもの、歩くことの発祥は何だったかと言うことですね。

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さて、今回は都会で歩き始めた中、その中でも最も個人的には楽しい下町巡りについて書いてみます。

 

下町って言う響き、すごく良いですね。そこそこ大きな都市だから下町って言葉が映えるんだと思う。田舎じゃ下町ってって言葉自体聞かないもんね。

 

下町って言ってもピンキリな状況で、世界に向けて発信されているのはやはり有名な浅草じゃないかな。外国人の多さは半端ないよね。

 

そもそも、下町っての魅力って何?ってきかれたら何て答えますかね。

 

よく庶民の暮らしとか言われますが、下町でなくても庶民の暮らしは有るわけで、これでは答えにならないですね。

 

私ならなんて答えるか?ちょっと考えてみました。

 

通常は下の二つの意味を同時に持つ言葉として用いられる。

地形的特性としての下町 編集
第一の語義には地形的な特徴によって区分した「下町」があげられ、市街地中の海や川に近い低地の部分を示す。

この意味での下町は、東京では、山の手(武蔵野台地東端部分)の周辺をなす崖線より下側の地域がこれにあたる。大阪では、舌状に伸びる上町台地の西麓や大川北岸の地域がこれにあたる。江戸=東京についてはこの意味の下町と対をなす言葉は山の手であるが、通常は「山側」を意味する山手が対語となる。

大阪については下町という言い方はあまり用いられず、船場、島之内、堀江、下船場中之島、堂島、天満など、川や堀で区切られたブロック毎の固有名称が一般的で、下町の対語となる上町(うえまち)がよく用いられる。

社会的特性としての下町 編集
江戸のような都市では、軍事上の有利性から軍事拠点となる大名屋敷、大身旗本屋敷、大寺院は幕府の近くの台地におかれることもあった。また、水運の便の良かった川沿城下町、陣屋町などにも見られる。

大阪の地理的高低差は、江戸のような社会的棲み分けとの関連性は弱く、市街地の時間的変遷との関連性が強い。

下町 - Wikipedia

 

と書かれており、自分のイメージとしてもやはり川沿い、海沿いってイメージが強いかな。だからあさくさ浅草って言うと、隅田川沿いって感じ。

 

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人々の生活って、基本は水辺を中心に成り立っているからだろうな。

 

その下町って、その一帯の縮図になっており、そこに行けば生活の全てが観れるって感じじゃない。だから下町に行けば、小さな都市のようなかんじで生活に関わるものが全てが観れるってかんじじゃないかな。

 

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そこに行けば何でも揃うってわけじゃないけど、日本人の生活のルーツが観れるって事が下町の魅力の凄さじゃないかな。

 

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だから、写真や口利きで情報が拡散し、日本に行ったら是非訪れようって言うふうになったんじゃないかな。後はテレビでもやっていたんですが、ロンリープラネットと言う本で結構マイナーな場所が紹介されており、外人がそれを元に訪れているみたい。

そんな下町を、カメラを持って歩いていると、日本人でも良いなって言う風景に出くわすからね。

 

それが私が感じる最大の魅力かな。

 

 

 

 

 

今日も読みに来ていただきありがとうございます。これに懲りず、また来てくださいね。