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今日は真面目なこと書くぜ!ロボット化が進むと人の仕事は本当に無くなるのか?

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こんにちは、サイト管理者のふぇいやんです。今日はちょっと真面目なこと書いてみる。最近良く新聞で見るロボット化が進むと人のする仕事はなくなるって話。

 

まあ俺なんかそんなに先は長くないんで、考えなくて良いんだけど、自分の子供の事も有るんでちょっと考えてみた。

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世の中、今はやっているのはAIとロボットだよね。AIは将棋の練習で有名になったけど、実際に有名なのはIBMのワトソンと日立のホームズだよね。

 

AIっていうのはartificial intelligenceの頭文字をとったもので、人工知能って言われているもの。

人工知能」という名前は1956年にダートマス会議ジョン・マッカーシーにより命名された。現在では、記号処理を用いた知能の記述を主体とする情報処理や研究でのアプローチという意味あいでも使われている。日常語としての「人工知能」という呼び名は非常に曖昧なものになっており、多少気の利いた家庭用電気機械器具制御システムゲームソフト思考ルーチンなどがこう呼ばれることもある。

プログラミング言語 LISP による「ELIZA」というカウンセラーを模倣したプログラムがしばしば引き合いに出されるが(人工無脳)、計算機に人間の専門家の役割をさせようという「エキスパートシステム」と呼ばれる研究・情報処理システムの実現は、人間が暗黙に持つ常識の記述が問題となり、実用への利用が困難視されている現状がある。

人工的な知能の実現へのアプローチとしては、「ファジィ理論」や「ニューラルネットワーク」などのようなアプローチも知られているが、従来の人工知能[1]との差は記述の記号的明示性にあると言えよう。近年では「サポートベクターマシン」が注目を集めた。また、自らの経験を元に学習を行う強化学習という手法もある。

「この宇宙において、知性とは最も強力な形質である」(レイ・カーツワイル)という言葉通り、知性を機械的に表現し実装するということは極めて重要な作業であると言える。

2006年深層学習の登場と2010年以降のMAZEデータの登場により、人工知能は一過性の流行を超えて社会に浸透して行った。

2016年から2017年にかけて、ディープラーニングという技術を導入した人工知能囲碁ならびに将棋のトップ棋士を破り、時代の最先端技術となった。

人工知能 - Wikipedia

 

これってさ、物凄く莫大なデータが蓄積されている場合には、素晴らしい能力を発揮するんだよね。だからチェスとか将棋、囲碁なんかの名人の対局データが蓄積されればされるほど、対局パターン化が出来るので人の名人に勝つことが出来るんだと思う。

 

じゃあそれがものづくりと言う局面ではどうなんだろうか?

 

簡単に言えばターミネーターの世界は本当にやってくるのだろうか?ってことだよね。

ここで一つ考えて欲しいのが、日本にたくさんいる職人と言われる人達の事。この人達は、長年かけて感性を研ぎ澄まして芸術的な物を作り出す人達のことだよね。

 

ここで1つ、この感性の部分って定量的な数値で表されるのかってことが大きなポイント。

 

人がやっても、職人と同じ感性は出せない。同じ職人でも人によって感性が異なるのでさじ加減が違うんだよね。全く同じものを作ったとしても、その人の個性がやはり作品に出てくる。

 

そう、その感性とさじ加減と言うものがAIとロボットの組み合わせで実現できるのかってことだよ。さじ加減の必要がない製品、つまりマシーンと言われるようなロボットなら作れるかもね。

 

でも感性、さじ加減が必要な製品はそう簡単には出来ないと思う。何故か?

 

簡単なこと、職人が長年かけて培った感性やさじ加減をニューラルネットワークで実現できるのかってことだよ。

 

職人はその時の気温、湿度、季節、材料の違いから自ら考えなくても手先が勝手に動いていく。そんなことがコンピュータに出来るのかってことだな。

 

多分、出来ると思うよ。でもそんなに近い未来では出来ないと思う。何故なら、職人の匠の技が定量的数値化されていないから。

 

それに近いコピーは出来ると思う。でも本物にはなれないね。

 

 

それじゃあ人の仕事は無くなるのか?ってことに対しては、全部じゃないがYESだろうね。少なくとも、既に定量化されているデータが存在するものについては絶対に無くなる。

 

ある意味量産されている事が、ロボット化の兆しだよ。

 

そう考えると、定量的な数値化が困難な仕事以外は無くなるってことだ。

 

もし、これから先、そんな時代がいつ来るのかわからないが、そういう事を意識しながら勉強したり、修行したりしないとダメだね。

 

そんなに遠くない将来やってくるだろうな。だって、一昔前のSF映画は大体21世紀になった時の話が多いからね。 

 

 

 

 

 

今日も読みに来ていただきありがとうございます。これに懲りず、また来てくださいね。