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時の中で生きる日々

単身赴任中、持て余した時間の中で、写真を通して感じた事、自分の思った事を徒然に書いてます。雑記に近いかも・・・

連休になり、帰省して思うこと

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おはようございます、サイト管理者のふぇいやんです。GWになり実家に帰省しておりますが、時間が有るので写真でも撮りに行こうかと思い、ふと考えてしまいました。

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ぱくたそ(www.pakutaso.com)

 

 

最近と言うか、単身赴任になり時間を持て余す中で写真を再開しましたが、その際に始めたのが街角スナップ。

 

都会の街角は何を撮っても写真になるし、特に裏通りや路地などはドキドキものでいろんな発見があり、同じ場所に何度行っても新たな発見があります。

 

そんな街角スナップはGoogle Mapを見ながらここは面白そうだとか、この通りの先には何が有るんだ?なんて考えながら写真を撮りに行くので、非常に楽しみを感じている。

また、鎌倉などの古都の観光地は都会化されていないので、寺院めぐりなどやはり同じような発見があります。

 

この2つの組み合わせにより、最近の私の写真は構成されているのですが、実家に帰ってきた途端にこれらを揺るがす大きな問題を発見しました。

 

それは・・・

 

人が少なすぎて街角スナップを撮っても動きが無いし、時間の流れが感じられないんです。街の中を眺めていても、湧き上がるような写真を撮りたいと言う思いが出てきません。なんだかスランプに陥ったような気さえします。

 

それではと、昔のようにマクロレンズを担いで里山に出かけて、草むらや雑木林を見ながら昆虫を探してい写してみても、昔のような感動が伝わってきません。

 

昔、昆虫写真を撮っている頃は図鑑でしか見たこと無いような昆虫を発見するたびに、へ〜自分の地元にも居るんだ。そういう感動に駆られて、もっと探してみようなんて気持ちが湧き上がり、週末ごとに天気が良ければ里山に出かけていました。

 

昔と変わって防災の為に木々が討伐されて石垣が作られ、景色が大きく変わってしまったのも魅力を感じない原因の一つかもしれませんが、人の動きをモノクロで収める楽しさを知ってしまってからは、自然を写す楽しさよりも勝ってしまったんですね。

 

既に4日間も自宅に居るのですが、運動も兼ねて里山に出かけてはおりますが、写真を撮っていて楽しいとは思えないんですよ。早く、都会の街角スナップを撮りたいって言う思いのほうが強いですね。

 

ある意味コレは非常にまずい状況かな。

 

 

早ければ後数年で実家に戻ってこなければなりませんが、実家に戻った時の被写体対象をもう一度考え直さなければいけないです。折角楽しんでやっている写真撮影。地元に戻っては撮るものが無い。

 

改めて考えてみると、地元には観光名所もないし、当然人が集まるところが無い。あれ〜、どうしたら良いんだ。突然、穴がポッカリと空いたような感じ。逆に言えば、周囲の観光地を回りながら、それらについてストーリー性を見つけて写真を撮るしか無いかな。

 

それとも、別に何かを見つけるか・・・

 

今まで考えても見なかった事が、今後は大きな壁として立ちはだかるかもしれないね。やっぱりよくよく考ええば、都会から戻ってきたら自然相手の写真を撮るしかないかなと思いますよ。

 

街角スナップから自然写真。こりゃあまた構図が大きく変わっていくのでレンズ構成も大きく変わりそうな感じ。これってまた新規投資が必要だって事とを予言していますよね。

 

今から少しでもお金を貯めていかなければ・・・時間があり先々のことを考えたら、こんな思いが頭のなかに浮かんできました。ある意味、今は自由奔放に写真を撮っているんだ、これって恵まれたことなんだって認識しました。

 

 

今日も読みに来ていただきありがとうございます。これに懲りず、また来てくださいね。