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プロブロガーやってます。好きな写真と雑記のブログ。その時の見聞録を、記事と記録で残していきます。

じぇいさんのぶらりお散歩、花冷えの中、上野の桜を見に行ってきました。

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こんばんは、じぇいかわさきです。昨日、花冷えのする中上野の桜を見に行ってきました。満開とまでは行きませんでしたが、十分沢山の桜が咲いており、朝早かったにも関わらず、沢山の人が花見用の場所取りをしておりました。

 

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Leica d-lux typ109

 

昨日は朝方は薄曇り、早く8時半頃という事、寒いことも相まってこの時間は人も少なくゆっくりと見て回れました。

 

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Leica d-lux typ109

 

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Leica d-lux typ109

 

通路から清水観音堂を見上げると、絵になりますね。もう少し明るいともっと素晴らしかったと思います。

 

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Leica d-lux typ109

 

水観音堂は、寛永8(1631)年に天台宗東叡山寛永寺の開山、慈眼大師天海大僧正(1536~1643)によって建立されました。天海大僧正寛永2(1625)年に、二代将軍徳川秀忠公から寄進された上野の山に、平安京比叡山の関係にならって「東叡山寛永寺」を開きました。これは、比叡山京都御所の鬼門(艮=東北)を守るという思想をそのまま江戸に導入することを意味し、江戸城の鬼門の守りを意図したのです。そして比叡山や京都の有名寺院になぞらえた堂舎を次々と建立しましたが、清水観音堂は京都の清水寺(きよみずでら)を見立てたお堂です。清水観音堂は、京都の清水寺の義乗院春海上人から、同寺安置の千手観世音菩薩像が天海大僧正に奉納されたことにちなみ、清水寺と同じ舞台作りで、初めは上野公園内の「擂鉢(すりばち)山」に建てられました。しかし元禄初期、今の噴水広場の地に、寛永寺総本堂の根本中堂建設が決まると、その工事に伴って元禄7(1694)年9月に現在地に移築されました。上野の山に現存する、創建年時の明確な最古の建造物です。平成2年12月から文化財保存修理が行われ、平成8(1996)年10月に竣工、元禄移築時の面影を再現するに至る、国指定重要文化財です。

ホームページより:清水観音堂について

 

 

 

水観音堂から、上野写真を撮った場所を見てみる。

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Leica d-lux typ109

 

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Leica d-lux typ109

 

次回に続きますね。

 

 

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